柳津 虚空 蔵 尊。 虚空蔵圓蔵寺(柳津町)・立木観音・上宇内薬師堂(会津坂下町)・勝常寺(湯川村)の御朱印 福島県河沼郡

虚空 尊 柳津 蔵 虚空 尊 柳津 蔵

しかもこんなに近くで拝見できて感激です。 今回は福島県昭和村から、会津若松方面へ向かう途中に、ぶらりと立ち寄って、秋の風と景色を満喫しに行きます! 目的地に着く前に、柳津名物「あわまんじゅう」を手に入れてから、食べ歩きをすることに。 其の後中古に至ってしばしば野火にあいましたが幸にし て本尊の安泰を得、法澄連綿として現在に至っております。

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秀行は心労がつづいたのか翌年謎の早世をとげる。 ところが、その赤毛の牛の群れはなぜか虚空蔵堂の完成を待たずにいずこへともなく姿を消したと言われる。 震災によって壊れた本堂再建には使われた大材は、只見川( ただみがわ )上流の村々からの寄進を受け、只見川を利用して運ばれたが、ここから巌上に運ぶのに大変困り果てていた。

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虚空 尊 柳津 蔵 虚空 尊 柳津 蔵

又、宝亀2年(771)、大伴家持が黄土山(宮城県登米市)に鎮座する柳津福智満虚空蔵尊を参拝した際、「会津柳津と山口の柳井(柳井山湘江庵)に安置されている虚空藏尊像は何れも行基菩薩が彫り込んだもので日本三所の秘仏である。 赤べこ伝説:1 >大同2年(807)、法相宗の名僧の徳一( とくいつ )が虚空蔵堂を建立する際、上流の村から大量の材木を寄進されたが、水量が豊富な只見川から材木を運搬することは決して簡単ではない仕事だった。

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創建は、今から約千二百年前といわれ、縁起によれば、空海が唐の高僧から霊木を授かり帰国した後に、その木を三つにわけて海に投げ入れたところ、現在の茨城県東海村(大満虚空藏尊)、千葉県天津小湊町(能満虚空藏尊)そして、この柳津の地に流れついたといわれている。 おぼだき観音伝説 江戸時代ののころ、は高田の袖山(現、会津美里町旭・袖山)というところに五代目馬場久左衛門という信心深い人がおり特に福満虚空蔵尊を厚く信仰していた。

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虚空 尊 柳津 蔵 虚空 尊 柳津 蔵

福満虚空蔵尊圓蔵寺の醍醐味は、やはりこの高台から臨む只見川の景色を見ないことには始まりません。

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御朱印帳がないと御朱印はいただけないので事前に用意しておくか、オリジナル御朱印帳する必要があります。 ここ、柳津空蔵尊を参拝してパワーをいっぱいもらいましょう!. 柳津本町は只見川と銀山川の合流点にあり、昔から水難に遭うことがしばしあったため、弁財・福智・延寿・除災・得勝をつかさどる天である弁財天が祀られたものと考えられ、弁天堂の名称となっています。 付近の住民は「こんな殺生なことをして虚空蔵(こくぞう さまの撥 ばち)でもあたらないといいが」と言っていたという。

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